こんばんは~おつかれさまです
さて。
あたしの誕生日にやってきたちび猫あいり。
本日、しっぽの治療とウイルスチェック、1回目の5種混合ワクチン、便検査終了!
仕上がりました~(*’▽’)
ちょーかわいい、あー情がわく。あーおてんば、あーかわいい、あー目を合わせてミーて言うなー
るんるんスタッフのスローガン
「健康で元気な子猫が飼えると思うなよ」
ぷ。
ウイルス感染の有無を調べる、通称ウイルスチェック。
猫エイズ・猫白血病どちらも陰性でOK!
ワクチンが3種、5種あるんですけど(メーカーによって違うと思うけど。うちは「ピュアバックス」)
もし、白血病ウイルスを持っていたら、白血病の生ワクチンを打つわけにはいかないので3種。
エイズにはワクチンがありませんが、あいりちゃんはどちらも陰性で
無事、5種混合ワクチン接種終了!
●猫ウイルス性鼻気管炎
●猫カリシウイルス感染症2価
●猫汎白血球減少症
●猫白血病
●猫クラミジア感染症
という、ウイルスの病気に免疫を付けるためのワクチンです。
ウイルスチェックは、採血してキットを使って検査をするんですけど
時間がちょいとかかるんですね。
色んなキットが今あります、このような、ウイルス関係をを調べるもの、フィラリア、内部寄生虫のジアルジア、など信用性の高いものがたくさんあります。
で、待ってる間に・・・院長、あー大丈夫?あーまだ出てないね。
出た?あーまだやね、んーとかあーとか言いながら、通り過ぎながらは見て。
看護師さんも、あと3分~、あーうっすらと見えてきましたね~とか
どっちにうっすらなの!と突っ込みたくなりますが(笑)
陰性なら真ん中にひとつだけ丸がつく。
陽性の場合は真ん中と左右に丸がでて、どちらも陽性という最悪な場合は3つとも丸がでるんです。
毎回毎回、ちょーーーーこわ~い。
よし!どっちも持ってなかったー!よかった~(*’▽’)
しっぽは、慌てて連れて行った日。
あら~、今日見つけた??と問診しながら、院長、するするっと処置をして、うんこうやってこうして固定しよう!と・・・サクサクと進めてもらって。固定の向きはとても慎重に考えながらされてました。
で、次の診察、んー。んー。としっぽの先を触ってて。うん、冷たくない、うん壊死はしないね。
そして、ここ(患部)触ってみて、ぐにゃぐにゃだよね、先っぽの鍵しっぽの部分とは違うでしょ?
触ってみると、うわ、あ~なるほど。傷はカサブタもできてとても治りがよくて。
「消しゴムがぐにゃっと裂けた感じ」と、あたしはグロいの大丈夫で、その表現わかりやすいけどー(笑)うちのスタッフに言ったら、うわーーとひいてましたよ(笑)
で、また、こうしてああしてっと、固定してもらって。
本日、傷もよし、固定も終わり!
折れてたってことですか?と聞くと
うん、そうだね~。本来あるべき場所に戻してみるとまだ痛みがある。
でもここまで治れば、現状で成長と共に自然に治癒していく様子を観察しながらにしました。
で、今日初めてあいりを担当した看護師さんが私と同じような質問をして、
院長が「うん、裂けて切れ落ちる位だったんだよ~」
消しゴムん時も、軽くビビったけど、今日は切れ落ちるとこですと?そんなだったのー!みたいな(笑)
保護した子たちは先生たちは頼まずとも、とても良心的に治療をしてくださいます。
でも、レントゲンを撮ったり、大掛かりな外科的な処置が入ってくると当たり前ですが治療費がかかるので、今回の消しゴムしっぽの場合は、院長がレントゲンなどの機械を使わずとも、経験と手と目でできると判断してくださったんだと思いました。
それに、特に保護猫たちは院長にお任せする事がほとんどですから、最初あたしに大げさなこと言うと、ギャーギャー大げさにあれしなきゃ、これしてくださいとうるさいんで(笑)
スムーズに治療をすすめられたんだと思います(笑)
そして、もう一回風呂入ったら、ちび部屋デビュ~(*’▽’)
チワワっ子たちと、体重が同じくらいなのでよい遊び相手になると思います。
猫の社会性も母親と兄弟姉妹との強い結びつきで作られます。
あいりは1人で保護しましたから、もう遊び相手がほしくてたまらない時期。
ちょうどいい相手がおりましたね(*’▽’)
はじめから2頭で飼ったりすると、とてもやりやすいです。
子猫ひとりで飼われた方の悩み、ダントツ「甘噛み」です(笑)
これは、遊びたい盛り、狩りのマネっことかをする時期に必ずあります。
猫はとても血縁を大切にしますので、血縁があればさらにいいです。
超仲がいいです。
猫の飼育方法は、一冊本を買って読んでみてください。
何も難しくない「ネコと幸せな生活」という本のおかげで、高校2年生で部活の帰り道に神社で出会った「たまちゃん」の飼い方を勉強し、たまちゃんは19年生きてくれましたよ。
私が初めて飼った猫はたまちゃん。
お姉ちゃんはジャッキーくん。
岡家の猫との暮らしが始まりました(*’▽’)
高校生でもちゃんと勉強して、責任を持って飼うんですから~よろしくお願いしますねー!
猫の習性・本能を逆手にとって、例えば「爪をとぐ」のは、100%やりますので(やらないとおかしい、猫にとって爪のお手入れは必須)爪とぎを用意して、そこで研がせればはじめに研いでいたものでやる習性がありますのでうまくいくことが多いです。
猫たちはわかりやすいです。
しつけと習性のそれに合わせて、グッズもたくさん出ています。うまく使ってくださいね。
そして、問題行動とされることのほとんどは、去勢手術と避妊手術で起こりませんし、解決します。
猫についてを語りだすと、2日かかりますのでやめときます(笑)
ということで、ちび猫あいり。
週末にはワクチン後の安静も大丈夫でしょうから、デビューです(*’▽’)
よろしくお願いします!
犬は、けん太が始まりでした。けん太は中3の時に、塾で生まれたか捨てられてたかの子犬を持って帰って。
エリーのような茶色で右耳だけ立って左耳は半分折れてて、15キロくらいの子でした。
けん太とたまちゃんが私の犬と猫の始まり。
けん太と私は、顔がそっくりだ、犬は飼い主に顔が似るらしいよと友達から言われるくらい仲良しでした。
うちは友達のたまり場だったし庭が広いのでバーベキューやらバスケの練習やら、友達の制服のスカートの中に頭を突っ込んで、キャーキャー言わせるのが大好きで。
小学校中学校の通学路でもあったので、子供たちが来ない日はありませんでした。
毎晩庭でシュート練習を一緒にして、ランニングに行って。
終わったら、けん太もサンルームで寝る。
そんな毎日でした。
でも、たまちゃんが来てしばらくだったと思います。
けん太は庭で自由にして飼っていました。サンルームがごはんと寝場所でした。
ある日、部活が終わって帰ると、門が開いたまま・・・けん太がいない、家に電気がついてない、お母さんがいない。
理由もなしに母が自分で外にでられるはずがないし、当時携帯はありませんでしたから、家でばあちゃんに電話をかけたり、おばに電話をかけたりしてやっと分かって。
「けん太がひかれた」と
「あいこは家で待ってなさい」と
でも、どこに行ったかどうなってるのか分からず、たぶん家に電話がかかってきて、どこどこの動物病院にいてけん太に会いに来てもいいと言われて、自転車で駆けつけ。
最初診察室には入れてもらえず、最後のお別れをしなさいと。
そして、診察室に入るとけん太は横たわっていましたが、私が来たと分かったら
前足が切断され、目が充血し口が裂けた姿で向きを変え立ち上がろうとしました。
そして、声を出してきゅんきゅんと言うので
「まだ生きてるし、あたしが来たて分かってるから、助けてやって!」とわがままを言いました。
両親と獣医が何を話したのかはわかりませんが、とりあえず安楽死はしないということになったのでしょう。
次の日、会いに行ってもいいと言われたので、会いに行くとケージの中でまた立ち上がって充血した目で私を見るので、獣医が見るに見かねてだったと思いますが、出して歩かせてくれました。
その日の夜中、息をひきとったという電話が来ました。
すぐ行ったと思いますが、診察台で冷たくなっていたけん太。
車庫の方から出入りしてもらうようになっていて、門は基本鍵を閉めていたのですが、親戚の人が来て門は閉めたけど鍵をしてなかったとかで
けん太は、ちょろっと出た家の目の前で車にはねられました。
それからしばらくどう思って過ごしたのかはよく思い出せませんが
鮮明に思い出すのが、家の前ではねられたので
血痕と骨が削れた跡、チョークで線を引いたように残っていました。
そしてなんでこうなった、どうして死なせたの繰り返しで
多くを学び、多くを反省し「罪悪感」で、2度と犬は飼わないと決めました。
そしてまたしばらくして、受験が始まり、部屋にこもることが多くなってきた頃から、たまちゃんに救われた日々でした。
勉強をしてても机に乗って、教科書の上で寝てるので取れないとか、消しゴムがいつもなくなるとか。
いつもそばにいてくれました。
猫の飼育も勉強しました。
けん太と同じ目にたまちゃんを合わせるわけにはいかない。
トリマーの学校でも犬を飼っていない人は少なかったし、職場でも私だけ猫で。
職場では誰も猫を飼っていないし、好きではないし、分からないので、実家にいる猫たちです~と写真を見せてもへーかわいーねー。くらいでした。
岡さん猫すきだよね?猫飼ってるよね?という理由で、超怖いお泊りの猫ちゃんのお世話をはじめとして、トリミングもやってとか、いつの間にか猫担当になっていて、そのおかげさまで今の経験と技術があります。
なぜ私がトリマーになったか、あんまり話したことがなかったかもしれませんね。
当時あまり理解されにくい理由だったからかもしれません。
もちろん、技術職を選んだ事、将来的に犬や猫の時代が来て需要がなくなる職業ではないと思った事、開業できる職業だったこと。
でも、本当の理由は「将来、ちゃんと犬が飼いたいから」でした。
2度と犬は飼わない、飼ってはいけない。
飼い方を知らなかったのだから、私が死なせてしまったのだからとずっと苛まれていたし
飼うならばプロになってからだと誓っていました。
そして職場で出会った、またいつも一緒に過ごしたのは
ばんびとなごみちゃんとよっちゃん、かんなとぱいん達をはじめとする繁殖犬のみんなでした。
しばらくして、自分の手で初めて育てた乳飲み子がるんるんと、捨て置かれた乳飲み子の猫のさつきでした。
社長から、よく言われました。
岡さん、きりがないよ。って。
きりがないってそんなの自分できめるもん。とか思ってました。
でも「きりがない」事を自分でどうこうできるものではない現実は、この仕事をしていてすぐ隣にあります。
広島にオバマ大統領が来たことには、正直すごいと思い、政治的なことは抜きとして「アメリカの大統領が広島にきた」ことは素直に感動しました。
この人アメリカの大統領だよね?と母に確認しながらテレビ見てました。
その演説の中で「私が生きている間に核兵器がなくなることはないかもしれない。核を持っているけれど勇気をもってがんばります」と。
でも、そのすぐには核兵器のボタンが入ってるバックがある。
それでも広島に来た。
この言葉は涙がでました。
核がなくなることがないであろう世界で、核と共に生きなければならない世界で、アメリカの核がなければ自国が守れない国で平和に生きて。
私も生涯、矛盾を抱えて生きるんだと思いました。
私が生きてる間に、野良猫や野良犬がいなくなることはないかもしれないけど、自分でできることは勇気を持ってがんばります。
でも、そのすぐそばに高値を付けた子犬を置いています。