こんばんは(´∀`*)
今日はイブ。うちも、犬たち猫たちにケーキやささみ、猫缶を振る舞い、まだくれと言っているおバカもおります。年内もう病院へは行く暇ないから、下痢したら困りまくりよ(>_<)
今日は、我が家のぴあの(フレンチブル)が、悪性リンパ腫である事がわかりました。昨日から少し様子がおかしかった、そして今朝は目が見えていない。朝一の一で、病院へ走りました。目はぶどう膜炎。かんなが緑内障の際に起こしておりました。ぴあのの場合はリンパ腫が原因でした。
一瞬で、院長がひと目でぶどう膜炎!触診でリンパ腫!と各リンパを確認し、それからは院長の目の色が変わり、ガン専門で抗がん剤等の研究や薬を、宮崎で一番技術と同じく持たれるという病院へ、院長が即電話連絡、そして、院長のところでできる処置をしておきたい、でもまだキチンど話がそちらの先生も忙しくできないと。バイオプシーなどの細胞診の結果を待ちつつ、とりあえず、ぴあのはおあずけして、店に戻り一度大泣きしてから、深呼吸をしてからトリミングに入りました。
それから3時頃にぴあのを迎えに来てください、そのままその動物病院へ直行してもらいますと連絡があり、やるだけのトリミングは済ませ、走りました。
院長からは、おあずけしていた間に、エコー、血液検査、ぴあののこれまでの履歴などのカルテのファイルを預かりました。
悪性リンパ腫。
その名前の通り、体を巡るリンパに乗って強力に細胞に浸潤するガンです。白血病に似ている部分があります。
延命のみです。完治は99,9%しない。
抗がん剤を使って、ガンを叩いて強いガンには、それに匹敵する抗がん剤を。ガンは耐性ができるので、種類を使い分けて投与して行く形で延命します(宮崎でその抗がん剤をたくさん持たれているのが、その先生だそうです)延命と言ってもわずかな時間。多く見積もってあと1年。最大多く見積もってです。個体差がもちろんありますが。
抗がん剤を使わず、そのままであれば、2週間~4週間で死亡。
あまりの展開に正直頭が回りませんでした、院長の所で簡易細胞診を待っている間に、延命しない、する、しない、する、しない、する、しない、するの繰り返し。母にも連絡をすぐいれ、おばもガンで死んだばかりでしたが・・・抗がん剤を選択して、長らえた死ではありましたが、見事だと、さすがこの人にはかなわないと思っています。そして店長も子犬を診察に連れてきていて一部始終を。
とにかく、専門医の話を聞き、そこで決めるしかない。時間がない。
そちらの動物病院では1時間も、説明十分なインフォームドコンセントを受け、ディスカッションをしました。十分にこのガンの延命処置について理解しました。するにせよ、しないにせよ。今日は年内で最後の休みであっても前の職場との兼ね合いもあって、忙しかったはまださんが駆けつけてくれ、付き添ってくれました。途中で立ちくらみがしていましたので、ひとりでではなくて、本当に心強かったです。本当にありがとう。
自然死させる事、延命に挑ませる事。飼い主としては、ゲロがでそうなほどの決断でした、私が決めるしかない、そして私がまたやらなきゃ。やるかやらないか・・・長らえさせる・・・?苦しませるだけ・・・?後悔・・・?おばの闘病と死・・・?でもなぜか頭をよぎったそれだけを理由に自然死のそばに寄り添うという選択ができませんでした。
私は、ぴあのを延命する事を決めました。
正しいも間違っているもない。決めました。やるんです。抗がん剤で苦しいのか、病気によって苦しいのか、その見極めが大事だろうし、心が折られる時もあると思います。
しかし自然死させるのも、抗がん剤を使用しないのも、選択肢があった事で私はどちらであっても後悔するだろう。どちらにせよ看取る事は受け止め方や捉え方の問題で、とにかく最期まで私はそばにいる。何でもする、何にでもなる。そして、必ずみんなが誰かが力になってくれると。
それに、ムリだったんです、最短2週間で?こんなに元気なぴあのがあっという間に?そんなに早く?でも、顎の下の腫瘍ただそれだけでも大きくなるスピードを想像したら、気管がつまる、水がごはんが食道を通らない、誤嚥する、そして悪液質で衰弱死。一気にこれだけは想像がつきました、その最短の計算でいうと。まだ死因はありますが。
これまで、ガンで死なせたエールやかんなは老齢でしたし、手の施しようがなく、院長からもそのように言われました。しかし今回は、院長があんなに急いでカルテを、ファイルを。
もうよくわかりました、十分な説明、抗がん剤を使って行く過程、副作用、多くの事を理解し、受けさせます。今日から入院、明日から抗がん剤投与です。
おとなしい子ですか?と院長が聞かれたそうですが、そのときは理由が分からなかったし、院長が血管を使って出来ることをしたいけど確認をするという事も、よくわからなかった。
でも、血管に針を入れ、抗がん剤の投与が始まった時に、暴れたりした場合、血管の外に抗がん剤が漏れてしまったら、そこが腐ってしまうそうです。そうですよね、細胞を叩き壊すわけですから、いいものも悪いものも。そして血管を使うことに関しては、抗がん剤投与の際の妨げになる事を考えての、先生方の横のつながりだったのでしょう。
一刻も早く、一刻も早く。翔ぶが如くでした。とにかくトリミングにめどをつけて出なければ、一分も無駄にできなかった。
ぴあのは、抗がん剤を明日から使い、3回投与します。この3回で効かなければ、おそらく無駄なのでやめます。ステロイドに切り替えてあとは対処療法、要するに余命2週間~4週間に戻ります。明日からの投薬で、アナフィラキシーショックや、腎不全(腎臓が奇形なので、投薬ギリギリの数字でしたが)、一番最初の投薬を乗り越えて、3~5日に必ず起こる副作用に耐えます。25週、半年の抗がん剤投与が無事に済んで、それから半年。が寛解期ですが。これが統計的な最大の見積もりです。
それでも、受けさせます。半年生きるでしょうか。投与の間に死ぬかもしれません。
投与はものすごく慎重に進める先生だそうです。説明を聞いてそれは納得できました。自分の研究内容や患者さん向けのスライドやレジュメを私の質問に合わせて、目を見てしっかり話をし、質問には丁寧に答えてくださいました。延命をする、しないの話ではなく、どんな病で、延命とはこうするのだと、こういうことですと。シンプルにでも丁寧で誠意ある話でした。
たった、半年寛解させるのが目標、たった何ヶ月のために?と、私はもう、その場では思いませんでした。いかにぴあのの残された時間を、あっという間、なにもしてやれないうちに死なれては、美味しいものもまだ食べさせたい、私の自己満足のなにものでもないようですが、あのまま最短で死なせる決断の方ができなかった。これまで延命はしないと決めていた自分でしたが、詳しい精密検査の結果、悪性度、ステージがほぼ中間くらいで、いちばんよく抗がん剤の効果が期待できるがん細胞だったようです。まだ8歳。元気もあり、膝の上でジタバタしている。ムリでした。それに、抗がん剤が効かなければ、途中で延命中止もありえるのだし。残された時間、ぴあのが何を望むかそれは私、母、みんなでやっていきます。苦しければ隣で手を添え、楽しい時は、ぴあのボール(超好きなやつ。玄関にぴあのちゃんがいつでも帰ってくるように置いてます。)をなげて取ってこい。やることはいっぱいです。
決めました。やります。(自分に言い聞かせていますが)
決めた大きな要因の一つになったのは、今朝の院長先生の対応とあのカルテのファイルでした。
車の中で深呼吸して、院長のファイルを見ると、もう長いお付き合いをさせて頂いている藤井院長。その院長から、あちらの先生へ強い気持ち。
そして、私に「行ってきなさい!」とも私には受け止められるファイルだったんです。
院長は白黒はっきりつける方、最終的なグレーは滅多にないと思います。グレーゾーンで逃げ隠れしないような。エールの時もかんなの時も、グレーのままではありませんでした。優しい言葉でしたが、エールには、癒着がひどく輸血犬、大型犬2頭分の血液が必要で、老齢もあり、オペは・・・。と。かんなの時は、かんちゃんにできることは私にはもうないです。とおっしゃったときは、延命をしない決意はしました。医大への細胞再生の話はお話してくださいましたが、私がもう選ばなかった、かんなのガンが早すぎた、弱りすぎたためだったので。
そして二つ目は、自らの持病が寛解期を迎えて、今、よかった。と思っているからです。病気は違えど、どんな小さな怪我でも風邪でも病気は同じ。でも完治するものとしないものには二分され、その病による死があるものと無いもの。私の持病も完治はしません、再発を繰り返します。死に様は違えどその病気によって死ぬ可能性のある障害を持っています。なので私も死なない治療をしています。生きている間は生涯通院と薬物治療、入院治療、これまでも。そしてそのうち再発した時も。生涯通院薬物入院は完治しない病を持つ方みなさんの生き抜く努力です。
発病して、苦しかった。で済むような話ではないのですが、端的には苦しかった努力もしたはず、でも迷惑もかけた。でも、こんな日々が来るとは思ってもいなかったから。
私側の立場からしか話がまだできません。ぴあのがどう思っているのか、色んな事や人に置き換えて置き換えて考えてみても、思いは分からない。頭は真っ白です。延命を望む望まないなど、私が決めるしかない。今回もやっぱり死ぬけれど、ぴあのちゃんだった事。かんな達なら選択はしていないし、その選択肢があった事、かけてみる可能性が少なからずぴあのにはあるのではないかと。
それから、病気での苦しみがあった先に、わずかながらの「寛解期」があるのならば・・・。死はすぐそばにあってもうまく上手に長らえることもゼロではない。
ぴあのの先生が、最後、ではお預かりしますね。とおっしゃる前に
「来年のお正月を一緒に過ごしましょうね」と
そして再来年も。と付け加えられて。2年生きる子などほぼいるかいないかだったと思いますが(25%くらい)。たった半年ってすごく短いと思ったけど、私たちにとってこんなに長いものかと思いました。短くない、ぴあのと私たちにしたら、本当に長い時間をすごせるのではないかと思っています。
帰って、スタッフを集めて話をしました。
明日死ぬかも知れない、毎日が死ぬかも知れないようになっちゃった。でも、決めた。延命をするから。帰ってきたらみんなでまた仲良くしよう、いつも通り優しくしてね。など、抗がん剤の過程も。
店長、脇本、瀬尾、井俣、全員が静かに涙だけを流していました。どれだけ、うちのスタッフ達は、犬たち猫たちを大切に思ってくれているかと。浜田さんも同じく。
それから、みんなにクリスマスプレゼントを用意していたので、渡して回ると、井俣が、掃除機をかけながらわんわん泣き出して、抱き合って泣きました。ぴあのちゃんがぴあのちゃんが。ぴあのちゃんがこんな時に社長・・・わんわん泣きました。ありがとうありがとう、帰ってきたら、またお願いね、お願いね、ありがとうと。それぞれ、ぴあのを想いながらのクリスマスイブの仕事だったと思います。
ぴあのは、明るくて、元気で、とりあえず人で言うと小学校5年生くらいの精神年齢で止まってて、でも優しくて、愛すべきおバカ。そして夜、今、相棒のはなびがぴあのが帰ってこないので、いつもはとっくに寝ている時間ですが、遠吠えと少しの物音で起きて泣くので、胸が苦しいです。
脇本も目が赤く腫れたままで、なので、あたしからのプレゼントを開けろーと(笑)わっきーのくそきたないリュックを新しいのにしたり、瀬尾ちゃんのお決まりのマフラーや店長にはこももと座ってあったまれるふわふわホットカーペットとか、井俣さんには、ショルダーの似合いそうなバックを^^みんな喜んでくれて、仕事の合間に手を休ませて笑顔に戻ってよかった。
さっき、シャワーしながらふと思いました。私が100億円持っていても、ぴあのの病気は絶対に治らないで死ぬ。 100億円あって治る病気の方がたくさんだろうけど
ぴあのの命は金で買えない。先生に100億積んでも、ぴあのは死ぬ。
金で買えないものは、命。
買えない、ぴあのの命。
明日消えるかもしれない命。
ぴあのの命は買えない。でも、私、私たちの愛。助けてくれる人、ぴあのを想ってくれる人の思いやりと優しさ、これは無償で溢れています。